南極に生息する「コオリウオ」の血は何故透明なのか?
COLUMN | 2020.03.27
見渡す限り一面分厚い表彰に覆われた極寒の地、南極にはある変わった生物が生息しています。
その生き物の名前は「コオリウオ」。ご存知ない方の方がきっと多いのではないでしょうか?
主に南の冷たい海域を中心に生息するコオリウオの最たる特徴は、無色透明の血液。私たち人間のような赤黒い血を持たない、ちょっと特別な生き物なのです。
今回は、そんな知られざる神秘の魚「コオリウオ」について、その生態や特徴を中心に、なぜ無色透明の血を持って生まれたのか?その理由に至るまで詳しくご紹介します。
1 そもそも「コオリウオ」とはどんな生物?
コオリウオとは、正確には「コオリウオ科」に属する魚の総称です。現在、南極大陸に生息するジャノメコオリウオを始め、合計16種類のコオリウオが確認されています。
生息地域は、主に寒さの厳しい南極大陸周辺と南米大陸の中でも水温の冷たい海域が中心です。
自分自身が魚でありながら餌としているのも同じく魚、いわゆる「魚食動物」に分類されます。
体長3~6cm位のオキアミのような小さな生物だけでなく、自分の体長の半分程度に匹敵する大きな魚を待ち伏せして捕食することもあるのだそう。
そして特筆すべきはその血液の色。「血液 = 赤(もしくは黒)」というイメージを持っている方が多いかもしれませんが、コオリウオの血液はなんと無色透明。
進化の過程で退化し無色透明になったと言われていますが、いまだ解明されていない点も多いようです。
2 コオリウオの血はなぜ透明なのか?
では、なぜコオリウオの血液は無色透明なのでしょうか?
その理由は、進化の過程で欠落した「ヘモグロビン」にあると言われています。
ヘモグロビンとは、血液の中でも「赤血球」に含まれる赤い色素のこと。生物の生命維持にとって欠かすことのできない「酸素」を体全体に運び、不要な二酸化炭素を回収するという非常に重要な役割を担っています。
例えば、私たち人間はヘモグロビンの量が少し減るだけでも、鉄欠乏性貧血による強い倦怠感やめまいを伴うこともあるほど。
一方で、コオリウオの血液にはヘモグロビンが含まれていません。もっと言えば、ほとんど全てのコオリウオは赤血球自体を有していないのです。
3 ヘモグロビン欠落を補うコオリウオの体の仕組み
前述した通り、コオリウオたちの血液はヘモグロビンが欠落しているのにも関わらず、生命を維持しています。本来であれば、酸素が体全体に行き渡らず死んでしまってもおかしくはありません。
では何故、コオリウオたちはこのような状態でも生きることができるのでしょうか?
その秘密は退化の過程で手に入れた、特殊な体の仕組みにあると言われています。
コオリウオたちは、まず海水に含まれる酸素をエラを通して取り込んだ後、その酸素は血液の約55%を占める「血漿(けっしょう)」に溶けて体全体へと運ばれていきます。
つまりヘモグロビンの代わりに、血漿が酸素を運ぶ役割を担っているわけです。加えて一般的な魚よりも心臓が大きいため、血液を送り出す量(心拍血量)も相対的に多くなります。
こうした特殊なメカニズムにより、本来ヘモグロビンが担うべき役割を代替し、生命を維持していると考えられているわけです。
4 コオリウオは骨格筋にミオグロビンを持たない
コオリウオはヘモグロビンだけでなく、ミオグロビンも欠落しています。
前述したヘモグロビンが酸素を体全体に送り届ける役割であるのに対して、ミオグロビンは受け取った酸素を筋肉中に貯め込む役割を持つ色素タンパク質の1つ。
ヘモグロビン同様、脊椎動物の生命維持にとって欠かすことはできない物質です。
ただし、全ての種類がミオグロビンを持たないわけではありません。コオリウオ全16種類中、10種類は心臓の筋肉のうち少なくとも心室の部分にミオグロビンが確認されているのだそう。
このようにコオリウオは通常の脊椎動物であれば致命的な欠落を物ともせず、冷たい海の中で生きながらえているのです。
コオリウオの進化の過程には謎も多い
今回は、南極海周辺に生息する神秘の魚「コオリウオ」についてご紹介しました。
無色透明な血液は、赤血球における主成分の1つ「ヘモグロビン」の欠落が原因だったわけです。
本来であれば致命的な不全ですが、ヘモグロビンの代わりに血漿に酸素を溶かし、大きな心臓を使って心拍血量を増やすことで生命を維持することができています。
メカニズムは納得できる一方で、その進化の過程には未だ多くの謎が残されているのだとか。
ヘモグロビンやミオグロビンといった本来であれば必要不可欠なものを、何故失っていったのか、その詳しい理由については未だ明らかになっていません。