「PIHOTEK北極を風と歩く」インタビュー【荻田泰永氏×井上奈奈氏】

COLUMN | 2022.11.02

北極冒険家である荻田泰永氏と、絵本作家の井上奈奈氏による絵本「PIHOTEK(ピヒュッティ)北極を風と歩く」が講談社より刊行。

この絵本を制作するきっかけから、執筆にあたりこだわった部分などについてお伺いしました。

 

プロフィール

荻田泰永氏

カナダ北極圏やグリーンランド、北極海で主に単独徒歩での冒険を2000年よりスタート。北極冒険家として活躍し、2017植村直己冒険賞を受賞。

過去17回の北極行を経験し、2018年には日本人初の南極無補給、単独徒歩到達に成功。これまで北極と南極を1万km以上踏破。

井上奈奈氏

絵本作家や画家の顔を持つ日本人アーティストの一人。

16歳で美術を学ぶために単身アメリカへ留学し、武蔵野美術大学を卒業。国内はもちろん、海外でも個展やアートフェアにて作品を発表する他、近年では絵本作品も精力的に発表。

2018年に発表された「くままでのおさらい」特装版が、「世界で最も美しい本コンクール」で銀賞受賞。その他にも「ちょうちょうなんなん」や「猫のミーラ」「星に絵本を繋ぐ」など多数出版。

–−「PIHOTEK」にはどのようなテーマがありますか?

荻田泰永氏(以下、荻田):テーマの一つに生命があります。ほとんどの書籍や絵本では「生かす」「生かされる」、「食べる」「食べられる」といった主体、客体という二元論の観点から制作されていることが多いんですよ。

主体と客体が永遠に平行線なため、一個にはならない。でも命って全てが循環しているものですよね。

そもそも生命の主体は誰か?ってなった時に、おそらく全員が主体だと僕は思うんです。

そのため今回の絵本のテーマでは、主体と客体の概念が無いお話にしたかったんです。

–−絵本を出版することになったきっかけは?

井上奈奈氏(以下、井上):荻田さんは過去に「考える脚」などの書籍を出版されていました。

荻田さん自身も言葉をすごく大切にする方ではあるんですが、どうしても文字だけでは表現できることの限界があるとおっしゃっていて。

そこで文字だけではなく絵で伝えられることを模索できないか、という発想がきっかけでした。

–−荻田さんと井上さんがタッグを組むことになった経緯を教えてください

井上:元々は、荻田さんが経営する「冒険研究所書店」のロゴをデザインしたことが始まりなんです。

そこから荻田さんと何度もお話をする中で、多くの北極に関するエピソードをお聞きしました。その中でも想像力が広がったお話が今回のエピソードで、これを絵本にしたいという想いが生まれたのがこの取り組みの始まりですね。

そこからは荻田さんが制作した文章を元に私が絵を描いていくという手順で進めていきました。

–−絵本の中でのこだわった部分があれば教えてください

井上:今回、「PIHOTEK」を制作するにあたってこだわった部分は「色」ですかね。

まず北極や極地をイメージした際に、真っ白い景色やモノトーンな風景をイメージしていたんです。

ですが荻田さんより文章をいただいた時、色鮮やかな色使いの風景が浮かんできたんです。

そこであえてCMYKは使用せず、特色印刷の「PANTONE(パントン)」を使うことに決めました。

「PIHOTEK」で使用する色は「青」「赤」「シルバー」「ブライトオレンジレッド」4色のみに絞り、絵本を制作しています。

あとは、荻田さんの顔の描写にもこだわったポイントがあるんです(笑)

私が荻田さんと一番初めにお会いした際に荻田さんの顔のシミに目がいったんですね。

その時に荻田さんの顔に”流氷”があると思い、この方はそういう運命を背負って生きてきたんだと感じたのが印象的でした。

絵本の中に数ページではあるんですが、そのような描写があるので是非見つけて欲しいです。

–−絵本を制作するにあたって苦労した点や大変だった点はありますか?

井上:原画は黒のみで作成し、そこからPC上でカラーのシミレーションをするんですが、実際の完成品の色合いは現物にならないと分からないんです。

初回では、自分がイメージしていたような色味が出せず、苦戦しました。

そこから試行錯誤を繰り返し完成に近づけていきました。

通常であれば大体半年〜1年程度かかることが多いんですが、「PIHOTEK」に関しては1年半程度かかりましたね。

–−荻田さんから井上さんに対して絵に対するオーダーはありましたか?

井上:基本的には自由に描かせていただいたのですが、一点だけありましたね。

絵本の中に登場するジャコウウシという動物がいるのですが、初めに描いた時はジャコウウシの角の位置が少し離れていたようなんです。

それを見た荻田さんが「ジャコウウシの角の位置は本当はこうなんだよ」とアドバイスを下さったのが唯一の修正点でしたね。

–−ジャコウウシとはどのような動物なんでしょうか?

荻田:ジャコウウシは私の中でも最も好きな動物の一つなんですが、日本の気候にはあわないので国内には生息していないんですよ。

動物園にもいないので、すごく残念なんですよね。

北極に行った際は、ジャコウウシを食べることもあります。

日本で食べられる動物であれば羊が近いかな?

–−お二人の思い入れのあるページがあれば教えてください

荻田:主人公が風に舞っているシーンがあるのですが、これは実際の体験を盛り込んでいます。

テントの中で音楽が聞こえてくるシーンから続く描写なのですが、実際はもちろん音楽なんて聞こえません。

風が強い日にテントの中で寝袋で寝ていると外で風がヒューっと流れる音が聞こえてくるんですよ。

疲れているので寝袋の中で眠りに落ちるか落ちないかというまどろんだ状態の時、風の向こうから音楽が聞こえてくる錯覚に陥ることがあるんです。

これは荘子の斉物論の天籟(てんらい)のイメージに通じるものがあって。

すごく気持ちのいい感覚で、そのままスーッと眠りに落ちる体験を何度かしてきたんですよね。

井上:作中に風のシーンがあるんですが、絵本を制作する前から荻田さんからこのお話を聞いていたんですが、とても面白いなと感じていました。

実は私も子供の頃に同じような体験をしていたことがあったので、このストーリーが自分の実体験と重なるような気がして。

私の場合は目を瞑っていると、カラダ中の分子がピンポン球みたいにぶつかり合って、外に出たがるような感覚ですね。

大人になるにつれてその体験は無くなったんですが、このストーリーは絵本を制作する前から聞いていたので、かなり思い入れのあるページですね。

–−今後の共作の予定はありますか?

井上:いずれ是非やりたいですね!

次回の絵本では荻田さんが絵を描いて、私が文章を書くっていうのも冗談まじりで言ってたりしているんですよ(笑)

そもそも企画を前向きに検討してくれる出版社を探すのが難しいかもしれませんが、今後もタイミングが合えば何かできたらいいですね。

まとめ

荻田泰永氏の体験談を題材に制作された「PIHOTEK(ピヒュッティ)北極を風と歩く」。

井上奈奈氏によって北極の美しさを4色で表現しており、その美しさは映像では伝わりにくいもの。

是非、一度書店にて絵本を手に取り、その魅力に触れてみてください。

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